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"ビュ"の巨人たち [雑感]

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本日、先行抽選販売に応募していた『熱狂の日』有料コンサートチケットの結果が来ました。
抽選結果は…落選(ガクリ

ちなみに狙っていたのはドビュッシーのピアノコンサート。
一般販売もあるのだけれど、どうしたものかなぁ…などと思案中。

ところで以前から気になってる事がひとつ。
Debussyってカタカナで表記するとドビュッシーな訳ですが、実際に口にする時は"ドビッシー"って言ってしまう人が多いような。(知人の音大卒の人もドビッシーと言っていた)
同様にル・コルビュジエも"コルビジェ"と言ったりしちゃうわけで。なんですかね、日本人にとっては"ビュ"は鬼門みたいなものなんでしょうかね?(でも"ビュッフェ"を"ビッフェ"と呼ぶ人はあまりいない)


まあ激しくどうでもいい事ですが(笑)

ある帰宅困難者の記録 [雑感]

※この文章はかささぎが個人的に自分の記憶を整理する為に書いたものです。
特に面白い内容でもないし、今後の何かの役に立つような代物でもないので、興味の無い方は読み飛ばして下さい。(尤も、このブログ自体がごく個人的なものなのではありますが)


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ブログ開設一周年 [雑感]

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このへなちょこなブログも本日で一周年となります。
だからといって特別な何かがある訳ではありませんが…。

元々明確なコンセプトとか持たずに適当に始めたブログ。
で、一年書いてみると…日々の浪費を書き連ねた散財ログと化していました(笑)


まあこの調子でこれからも散財…しないで少しは節約したいなぁ(多分無理

原子力は悪なのか? [雑感]

話題になっている村上春樹のカタルーニャ国際賞スピーチですが、一応テレビ朝日が配信しているノーカットの動画と毎日新聞が掲載しているスピーチ原稿の全文の両方を見ました。日本のマスメディアはとかく自分達の都合の良いようにソースを編集する傾向にあるので、まずはきちんと自分の目で見ておかないと信用出来ないと思った訳で。

さて、かささぎは昔から村上春樹のファンなので、今回のスピーチについても「あぁ、いかにも村上春樹だなぁ」と思ったのが最初の印象。村上春樹という人は昔から視点や立位置があまりブレない作家で、だからそういう意味では今回のスピーチの内容についても「らしいなぁ」と思えたし、また信用出来るものでもありました。
しかし今回のスピーチについては、それと同時に「あぁ、やっぱりこの人も団塊世代なんだねぇ」と思わされたのも事実。ラブ&ピースで既存のシステムにノーと言うスタンスは、良くも悪くもこの世代特有かなといった感じです。


村上春樹は原子力発電というテクノロジーそのものにノーを突き付けていますが、そこがどうも個人的には引っ掛かるところですね。
かささぎとしては、今回の事故はあくまで原子力発電の推進と運用システムに問題があった訳であり、原子力発電というテクノロジーそのものを否定するものであってはいけないのではないか、などと思ったりする訳でして。
テクノロジーというものには必ず利点と欠点があるもので、今の時代を支えているテクノロジーの数々は、様々な欠点の部分を別のテクノロジーや努力、そして倫理などでカバーして運用している訳です。そうやってテクノロジーの利点を最大限に利用していく事で、人類の文明は進歩していったと。だからテクノロジーそのものの否定は人類の進歩の否定になってしまうのではないのかな…そんな風に思いますね。

確かに原子力発電というテクノロジーには、放射能という実に厄介な欠点が存在します。
しかしまた利点の大きいテクノロジーでもあります。効率の良いエネルギーというものはそう簡単に代替品が見つかるものではありません。例えば原子力空母のような巨大なシステムを運用するのに、現状原子力以外の選択肢は無いでしょう。まあそんな事を書くと「空母そのものがイラン」と言われるかもしれませんが、ならば宇宙開発なんてのはどうでしょう。おそらく火星辺りまで有人飛行を行うとしたら、宇宙船の推進エネルギーはともかく、乗員の生命維持には原子力が欠かせなくなると考えられるでしょう。

村上春樹は原子力に替わる有効なエネルギーを国家レベルで追求すべきだったのだ、と言っていましたが、そもそもそれは過去から現在に至るまで世界中のあらゆる研究者や企業や国家が追い求めている命題でもある訳です。つまり世界中の叡智が追い求めても、現状は原子力を超える効率のエネルギーを見出せていないのです。それを日本人が~と言うのは、結局精神論レベルの話になってしまうというか何というか。まあ小説家だからそれでもいいのだろうけれど。

だから我々に必要なのは、原子力そのものの否定ではなく、それを運用し推進するシステムや危機管理に対しての徹底した監視体制なのではないかなと思いますね。
これは本来マスメディアの仕事なんですが、日本のマスメディアは両極端で、拝金主義に走るか極左に走るかのどっちかなので始末が悪い(笑) 必要なのは原発推進バンザイでも反原発でもなく、正確な情報と正しく運用・管理されているかを見守る事なんだと思うんですけどね。


とまあ、そんな事を考えさせられたスピーチではありました。


どうも胡散臭い『トコトンハテナ』 [雑感]

以前ササヘルスのCMについて書いた時に触れた『トコトンハテナ』
先日の放送は「ベトナム製 どうやって作ってる?」と題して、ベトナムロケを行っていました。

番組の内容はクワバタオハラの小原がハノイの衣料工場を取材して~という感じの内容だったのですが、何故か放送の内容が途中からベトナムの電力不足についてのものに。取材した工場は計画停電で操業出来ない日があるとか、ボール紙工場は停電が頻繁で機械が動かせないとか、ハノイ市街では発電機が売れているとかそんな話になってきて…何か放送の趣旨が変わっているような?

ちなみにこの番組、このところはスポンサー名が出なくなりましたが、元々は東電が筆頭スポンサーだった筈。電力不足に計画停電でベトナムは苦労しているんだよって…アレですか、それに比べればウチ(東電)はよくやってるでしょ?って言いたいんですかね(笑)
もっと邪推すれば、ベトナムの電力不足は原発で解消する計画になっていて、その原発建設を受注したのは日本の電力会社(東電含む)と東芝等のメーカーだった筈。うーん…何か含みがあるように思えてならないのはかささぎだけでしょうか?


ま、それはともかく、小原のすっかり観光モードなロケ映像を見て、ベトナムもいいかもなぁと旅行先の候補に考えてしまうかささぎなのでありました。(ベトナム、実は行った事無いんですよね)

『魔法少女まどか☆マギカ』最終話 [雑感]

震災の影響でずっと中断されていたまどか☆マギカ。先日残り3話が一挙放送となりました。

正直な話、あのNitro+の虚淵さんなんでバッドエンドになるか、ブラスレイターみたく尻すぼみなラストになっちゃうのかなーとか思っておりました。
でも蓋を開けてみたら…結構キレイに物語を終わらせてくれましたね。まあ最終的にひとつの宇宙の法則を書き換えるような、トンデモレベル(笑)の展開ではありましたが。
(何となく主人公の自己犠牲によるハッピーエンド→ハロワ、宇宙規模の超展開→デモンベインを思い出してしまいました。両作共虚淵さんのシナリオではありませんが、同じニトロの作品だから影響はしているのかな?などと邪推してみたりも)

まあ何にしても、久し振りに思い切り楽しめた作品でした。
同じニトロ繋がり(?)で、今期の『シュタインズ・ゲート』にも期待しております。
(原作のゲームが緻密に練られた神がかったシナリオなだけに、うまくアニメで再現出来るかが心配なんですよね…アニメ版デモベのような悪夢にならない事を祈ります)

SF世代とファンタジー世代 [雑感]

ちょっとオタクな話。

かささぎは長年オタクを患っている身でして、この歳になってもついつい深夜アニメとかを録画して観ていたりします。(ウチの奥さんは割とその辺寛容な人なので許してくれているようです)
最近観ている深夜アニメは『フラクタル』『魔法少女まどか☆マギカ』の2作品。その中でもまどか☆マギカは、可愛らしい絵柄や魔法少女モノという題材を逆手に取ったハードなシナリオ・設定・演出でかなり見応えのある作品となっています。あまりに見応えがあるので、毎回見た後に2chのまとめブログなどを見に行ってしまう程(笑)

で、先日も録画したまどか☆マギカを観終わった後にまとめブログを見に行ったところ、作品内で出てきたエントロピーの話が一部のアニオタな方々に不評だったようで、「こんなところでSFが出てきて萎えた」とか「SFはいらない」といった感じのコメントをしている人が案外多かったり。かささぎなんかはエントロピーが出てきて思わずニヤリとしてしまったクチなのですが、どうも一部の方々はファンタジーにSF的要素はイランという感じのようで…なんだか同じオタクとしてちょっと違和感が。

その違和感が本日の主題。

そもそもかささぎの世代(アラフォーともいう)のオタクにとっては、SFこそがバックボーンというか、オタクとしての基礎教養みたいなものでした。だから作品を語る際もその作品がいかにSF的かどうかという点に比重が置かれる事が多かったし、作り手側もそういうSF的ギミックに拘っていた節があります。
しかし30以下のオタクには、そういったSF信仰みたいなものはあまり無さそうです。どちらかというと彼等にはRPGや『スレイヤーズ』みたいなファンタジー系ラノベなどがバックボーンになっているようで。だからそういった世代のオタク達には、今回のまどか☆マギカに出てきたようなSF的設定は無条件で受け入れるどころか、むしろ馴染み深いファンタジー的世界観を壊してしまう異物として見られてしまうのかもしれません。ううむ。


こういう流れはなんとなく日本のオタクカルチャーだけではなく、全世界的なものなのではないかなーと感じています。小説も映画も、最近のヒット作は大抵SFではなくファンタジー物ですよね。そういった意味ではSFってのは最近の流行りで言うところの終わコンって奴なんでしょう。残念な話ですが。